ピック2 〔ピックと健太〕 春の運動会

小説
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黄輝光一

僕は「しゃべれるブタ」です。でも、これはナイショの内緒、最大のヒミツです。

しかも、僕には「知恵」というものがあるらしい。

春の大運動会は、もうすぐだ。本当に楽しみだ。と言っても僕は運動会に出場することはできません。何しろ豚ですから。それは分かっています。

僕のお家から、つまり四角い鉄格子から(これは、うれしい言葉ではないのですが)運動会がある農場は、隣にある巨大な樫(かし)の木が邪魔になって、よく見えません。とにかく、運動会が見たい!みんなが走る姿を見たい!そうだなあ、親友の健太くんの「かけっこは僕が一番さ」と言う自信にみちあふれた姿をこの目で見たい、僕の願いは、ただそれだけです。

毎日たくさんのお友達と、追っかけっこをしている。体育というより、お遊びの時間ですね。一日、一回、たった1時間だけですが、それは楽しい時間です。僕にとって一日の大きな生きがいのひとつかもしれません。

46人が全校生徒の数です。その中でも、四角い顔のやっくん、まん丸顔のまーくん、おしゃべりの止まらないミツルくん、いつも静かなミーヤくん、鉄棒がうまいタケくん、みんな運動会が早く来ないかなと楽しみにしています。

でも、その中でも、いつも僕のことを心配して(時々、しつこいと思うことがありますが)大親友が健太くんです。

かけっこでは、いつも追い抜いたり追い抜かれたり、でも健太くんは、本当は自分の方が早いと思っています。

健太くんは、時々、食べたことのない不思議なものを持って来てくれます。あのショウガという塊は、超、まずかったなあ。そのほかは、大変おいしかったです。ありがとう。

☆  ☆  ☆

僕は、赤ちゃんの時に、この農学校に来て、早くも12か月が経ちました、お陰様で、どんどん大きくなっています。「知恵」の方もそれに伴って大きくなっているようで、自分でも進化する自分に驚いております。

でも、校長先生は、いつも、いつも、困った、困ったと言っています。

健太くんは、とてもおしゃべりです、6年生なので、体も大きく、何でも良く知っています。気さくになんでも話せるお友達です。しかも、たいへん物知りです。望遠鏡なるものをもっていて、お星さまのお話をよくしてくれます。「宇宙は、無限大∞なんだよ~」

・・・

そうですね、もうこれ以上、黙っているわけには、いきませんね。

これから、正直に、すべてをお話しします。

 ☆  ☆  ☆

実は、3か月前まで、僕は、ただただ、ブーブーブーと言うだけの、しゃべれないブタだったからです

ところが

ある日の朝、「ピックくん、元気ですか~」と、校長先生が言いました。

僕は、そんな校長先生が大好きです。いつも、いつも、感謝しています。

「ありがとう!」と言いました。

突然出てきた、「ことば」です。言った自分がビックリしました。でも、それ以上にビックリしたのは、校長先生です。

僕の体重測定、健康管理をしてくれる教務主任のキムラさん、お食事係のミタさん、3人が集まって、いっぱい質問攻めに会いました。

特に、ミタさんには、毎日、毎日、朝、昼、晩とおいしいお食事を届けてもらい、今日も朝、会っていたにもかかわらず・・・ただただ、ブーブーというだけの、うるさいブタのはず。ひっくり返るほど驚いたことでしょう。

さらに、キムラさんは、「これは、類まれな豚の突然変異だ。大変なことだ、覚醒したブタだ」などと言っていました。校長先生にいたっては、床にしゃがんで「困った、困った、困った」と頭を抱え込んでしまいました。

これは、4人だけのヒミツだよ。他の人に言ったらダメだよ。いつも通り「ブーブー」だよ、他の先生にも、生徒にも絶対にヒミツだよ。「しゃべったら、大変なことになるからね」と、何度も、何度も念を押されました。

僕は言いました。「ブーブーは、僕のお家芸です。まったく、苦になりません。決してしゃべりません」と。

でも、安易でした、間違っていました。苦にならないどころか、まさにその日から、しゃべれるのにしゃべれないことが、どんなに苦しいことなのか、知恵が大きくなるほどに、増すほどに苦痛になっていきました。そして、ヒミツを守ることが、どんなにつらく耐えがたいことであるか、知りました。

 ☆  ☆  ☆

ピックと言う名前は、初めてこの学校にやって来たとき、僕がな~んにも知らない赤ちゃんブタの時、全校集会で、多数決で選ばれた名前だそうです。子供たちは46人います。まず第3位が、「ポーク」(どうも、意味深のようです)、そして第2位が、「ピッグ」(そのものずばり、英語で豚という意味だそうです)、そして、校長先生が言いました「ピックに決まりました!」圧倒的な多数で決まったそうです。僕もこの名前がたいへん気に入っています。ピックという名前を提案してくれたのが、健太くんです。

☆  ☆  ☆

あの「しゃべれるブタ事件」からしばらくたってから、いつものように、健太くんが僕の四角いジャングルにやってきました。休み時間になると必ずやってくる健太くん。

10センチメートル間隔にある、鉄格子のなかの二本の鉄の棒をしっかり握りしめて、身を乗り出し、のぞき込むように健太は、言いました。

「おい、ピック。もうすぐ運動会だね」

「ブー、ブーブー」(知ってるよ)

「ピックも出られれば、いいんだけどね」

「ブブー」(無理でしょ)

「キムラ先生に頼んでやろうか」

「ブブー!!ブブーブブ」(やめてくれ、僕はブタなんだよ)

「僕は、どっちが早いか、決着をつけたいんだ」

・・・・・

「じじに、頼んでみるよ。それしかないね」

「ヒーヒー!ブブ!!!」(それだけは、やめてくれ!)

僕がしゃべれないのをいいことに、さらに突然こんなことを言い出した。

「ピックを、応援する人はいるの?」

「ブタの仲間がたくさん見にきてくれるといいのにね」

「ピックにも、お母さんがいるんでしょ」

「お母さんは、どこにいるの?」

もう、耐えられません。

大きな声で叫びました「やめてくれ、いません!!」

あああああ、

ついにしゃべってしまった。

健太くんは、みごとに後ろにひっくり返った。

やってしまった!

でも、よかった、結果オーライだ。ヒミツにするのは、つらすぎる。もう、これから健太くんとは、いっぱいおしゃべりができるからね、これって最高だよね。

そして、新たなる「ヒミツ」ができた。二人だけの大切なヒミツ。

「校長先生にも、絶対に言わないでね。二人だけのヒミツだよ」

健太くんは、校長先生のお孫さんだからです。

☆  ☆  ☆

人間さまは、本当に大変だと思います。

毎日、毎日、働かなくてはいけない。

どうも、働くという意味が、まだ僕にはよくわかりません。

でも、僕にとっては、たくさん食べて、大きくなることが、大切。これが、君にとっての「働くこと」だよ、キムラさんに言われました。

僕の人生は、食べては寝る、寝ては食べる人生です。

知恵がつくと、これでいいのでしょうかと、ふと思います。

キムラさんからは、「考えすぎは、良くないよ」「神経質になっては、ダメだよ。特に豚はね」

「おなかいっぱい食べて、ぐっすり眠ること。これが君にとってのすべてです」と言われました。

難しいことは、また明日考えよう。

4月は、うれしい季節です、この岩手山(標高2038m、岩手県の最も高いお山です)のふもとには、大自然がいっぱいあります。新緑の木々がさわやかな香りを漂わせています。遠くには北上川、ヤマメやイワナやニジマス、見たこともないお魚さんがいっぱいいるそうです(ミタさんが色々教えてくれました)、農学校の隣には、大きな池あります。ここにはフナやゲンゴロウがいます。

春になったら、かわいいお友達がいっぱい僕のすみかに来訪します。リス、フクロウ、たぬき、イタチ、野ネズミ。特に野ネズミくんは、平気で僕の麦わらベットの寝室の目の前を、あいさつもせずいつも横切ります。「礼儀」というものを知らないようです。最近では、夜になると平然と僕の隣で、寝ています。

運動会は、5月10日に決まりました。きょうは、その7日前の予行練習です。ありがたいことに見学することが許されました。本当にうれしいです。

僕の一番の関心ごとは、もちろん「かけっこ」です。健太くんが出ます。

この時、初めて知ったのですが、男の子と女の子は、2つに分かれ。男の子は、1年生から、6年生までの24名が、5組。5人ずつ走ることになります。最終組は残念ながら1名少ない4名です。6年生の健太くん、やっくん、まーくんの3名と5年生が1名います。

雑草だらけの農場が、伐採され除草されて見事なきれいな運動場に変身しました。

う~ん、グラウンドの白線がまぶしい。

僕は、控室のテントのなかで、キムラ先生のお隣で、お客様のように座っていました。間違えました、四つ足で、立っていました。

残念ながら、ただ見るだけの、見学者です。

この時の僕の思いを、どのように表現すればいいのだろうか、本当は、僕もみんなといっしょに走りたい、でもそれは許されない。

ミタさんが大遅刻して、お食事を待たされたときの「おあずけ」状態と似ている。もう、ジッとしていられない、そんな気持ちです。

☆  ☆  ☆

さあ、いよいよ本番に向けての、最後の徒競走です。

☆  ☆  ☆

50m走も、いよいよ最終組です。

たくさんの生徒と、先生たちが見ています。子供たちは、大はしゃぎ。今まさに、最高のもりあがりです。

「やっくん、まけるなよ!」

「まーくん、がんばれ!」

4人が、一斉にスタートしました。

おお、さすが、健太くんです。早くも、頭ふたつリード、ただ、半周近くに来た時、小石につまずき大きくよろけて右手をついた。あああ、立ち止まったかのように見えたその瞬間、やっくん、まーくんが、追いつき追い越していった。しかし、その後がすごかった。体制を立て直すと、ギアチェンジ、一気にごぼう抜きしたかと思ったら、二豚身(豚のからだで、二匹分)ぐらいの差をつけて、ぶっちぎって勝ちました。すごい!!

健太は、得意げに右手を突き上げて、突然叫んだ!「ピック、出てこい!」

えええ・・・

僕たちのいる、テントにやって来て、運動会の責任者の、ナツメ先生に

「勝ってもうれしくないです。僕はピックと走りたいんです」と言った。

先生は、きょとんとした。

「お願いです、お願いです!」

ナツメ先生は、もちろん僕がしゃべれることは知りません。

困惑した顔で、先輩のキムラ先生に目配せした、

キムラ先生は「おもしろいね、やりましょう!」と言った。

「まあ、予行練習ですから」と付け加えた。

そして、耳元でささやいた。

「ピック、全力で走れよ」

えええ・・・!

なんと、もう一回、最終組の4人に、僕が入って、5人で10分後に走ることになった。

みんなは大喜び、健太も飛び上がって大喜び。僕も本当にうれしいです。

だが、しかし、まてよ、

健太くんは、僕のことをよく知らない。今回は、いつものかけっこではない、真剣勝負だ。

僕の動物的本能、動物的習性、僕の身体能力・運動能力、1週間前の僕とは違う、1ゕ月前の僕とは大違い、僕はどんどん進化している。

みなさんは、ブタさんというと、きっと、のそのそゆっくり歩く太ったブタを、イメージするかもしれません。ブタは、足が遅いだろうと・・・。

ソクラテスは言った「太ったブタより、やせたソクラテス」になれと、ソクラテスさん、僕を見くびってはいけません。僕は、こう言いたい「悩めるソクラテスより、太ったブタになれ」と、「眠れないソクラテスより、爆睡する豚になれ!」と・・・。

僕は、1歳、健太くんは、12歳です。僕の身長は、60センチ、体重は50キロです。健太くんは、身長145センチ、体重は42キロです。総合的には、健太くんの方が、はるかに有利のように見えます。が、

僕には、神様がくださった、より早く走るために、体をしっかりささえるために「4本の脚」があります。しかも、走るために「鋼鉄のヒヅメ」が4つ付いてます。健太くんは運動靴がないと走れません。僕は素足でオーケーです。

しかも、今、人生のベストコンデションです。

キムラ先生は、僕のお尻を「ポン」と叩いた。

「全力で、走れよ」僕は、健太くんのために、一生懸命走ることに、決めました。

岩手山が、遠くからぼくらを見守っている。

空は、青く澄み渡っている。

すがすがしい、透きとおった風が、ここちよい。

おお、運動場の白線が、太陽に照らされてキラキラとまぶしい。

本当に、僕は、今、走れるんだ!うれしい!うれしい!

健太が、自信ありげに、僕をにらんだ。

ドーンと合図があった。

僕は、走った!走った!走った!

前だけを見て、走った。

ひたすら走った。

テープを切った。

そして、振り返った。

驚いた、健太がいない。

いたのは、やっくんだった。

健太は、3位だった。

健太は、大空を仰いで嘆いた。涙がポロリ。そして、いっぱい、いっぱい泣いた。号泣した。

やっくんが、そっと肩に手をおいた、それを振り払った。

だれも、近寄れない。

だれも、話しかけられない。

言葉がみつからない。

健太の気持ちは、痛いほど分かる。

☆  ☆  ☆

あれから7日がすぎた、健太くんは、一度も僕の「すみか」にやって来なかった。負けるはずがないと思っていたのに、負けた。きっと、僕とは、話したくないのでしょう。

僕は、キムラ先生に「運動会の見学はしません」と伝えました。

どっと、疲れがでました。

僕は、目をつぶって瞑想していました。

健太くんが心配です。

☆  ☆  ☆

そして、運動会が始まりました。

ずーっと、岩手山の彼方から、やまびこのように、子供たちの歓声だけが聞こえてきます。

楽しそうだなあ~。

4時ごろ急に音がしなくなった。

目の前に健太がいた。

「ピック、僕、勝ったよ」

「よかったね」

「よくないよ、ピックに勝たないと」

・・・

言葉を探した。

「この前は、たまたまさ、今度は君がきっと勝つよ」

「なぐさめは、いらないよ」

・・・

「ぼくは、これからただ太るだけさ、その時はきっとうまく動けないと思うよ、健太は、どんどん身長を体重も、増えて、必ず僕に勝てるさ」

「未来のことは、どうでもいいよ。今、勝てないと意味がないよ」

「そんなに、勝ちたいの」

「あたりまえだよ」

「そうなんだ」

・・・

「僕は、勝ち負けはないと思っているよ」

「人生は、勝つために生きている訳じゃない」

「結果が、すべてではないと思う」

「勝つ人がいれば、負ける人もいる、負ける人がダメなんじゃない」

「どういうこと?」」

・・・

「一生懸命走ることだよ。全力で走ることだよ」

二人の間に、さわやかな風が、かけぬけていった。

☆  ☆  ☆

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